「フィットする暮らし、つくろう。」をテーマに雑貨・アパレル等を販売しながら、暮らしに纏わる様々なコンテンツをお届けするECメディア「北欧、暮らしの道具店」を運営している株式会社クラシコム。同社は、レシピ・コラム・インタビュー記事、ポッドキャスト、ドキュメンタリー動画等の良質なコンテンツを通して、独自の世界観を築いています。この強みを活かし、2015年よりクライアント企業のブランディング支援を行うブランドソリューションを開始しました。
事業は順調に拡大しましたが、自分たちらしいBtoBマーケティングのあり方をどうオペレーションに落とし込むかが課題に。そこで導入されたのがHubSpotです。今回は同社の事業開発部 部長 高山 達哉さんとプロジェクト責任者の株式会社100(ハンドレッド)遠藤 祐太朗、山田 智彦にHubSpot導入の背景や効果についてお話を伺います。
独自の世界観と高いエンゲージメントを武器にしたブランドソリューション
—まずは、事業についてお聞かせいただけますでしょうか。
高山氏:弊社が運営する「北欧、暮らしの道具店」は2007年にヴィンテージの北欧食器等を扱うECサイトとして始まりました。北欧に関係する商品が占める割合は今となっては小さくなりましたが、販売する商品だけでなく、ユーザーとのつながりをつくり、深めるために提供しているコンテンツについても、すべて「自分の暮らしを自分らしいと感じて満足できるものにすること」、「日常のささやかな幸せを大事にすること」といった、当社が強く共感した北欧カルチャーの本質に根ざしてつくられています。
事業開始以来ユーザーとのダイレクトなつながりを大切にし、「北欧、暮らしの道具店」サイトを始めとした様々な媒体で、WEB記事、オリジナルドラマやドキュメンタリー、ポッドキャストや音楽プレイリスト、など、多様なコンテンツを生み出し、発信し続けており、それによってお客様からのエンゲージメントが高まることで、商品をお買い上げいただくというサイクルがまわっています。
(株式会社クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」)
こうした自社のケイパビリティは、クライアント企業のブランディング支援に活用できるのではないかと考え、自社ECサイトがブランドとして一定以上の規模感と影響力を担保できるようになった2015年からブランドソリューションは始まりました。
(クラシコム社ブランドソリューション)
遠藤:クラシコム様の考え方はHubSpotのインバウンドの思想とよく似ていますよね。顧客にとって価値あるコンテンツを提供することで、顧客との接点を構築する。ご依頼をいただいたときに社内でも話しましたが、インバウンドの思想を自然に体現されているからこそ、HubSpotとの相性が良いと思っていました。
クライアント企業との深い関係性構築が新たな課題に
—クラシコム様がHubSpotの導入を検討された当時の状況について詳しく教えていただけますでしょうか。
高山氏:ブランドソリューションでは、広告を受注して着実に売上を積み上げていくことを目指しています。ただ、そのスピード感やノルマのようなプレッシャーは、あえてかけないようにしています。
私たちの考え方として、売上のトップラインをストレッチをかけてより短期間で伸ばすことよりも、健全なペースで事業成長していくことを大切にしています。スピードを追求するがゆえに、お客様からの信頼を失ったり社員に必要以上の負荷をかけてしまうようなことがあれば、本末転倒だと考えているからです。実際に2015年の事業立ち上げ当時は、お取り組み社数を毎月2社限定に絞り、単価を高単価に設定することで、丁寧に事業の価値を育ててきました。
むしろ重視しているのは、お客様とエンドユーザーに本当に喜んでいただける、質の高いコンテンツを生み出し続けること。良質なコンテンツをコツコツと積み重ねていくことが、長期的な成功につながると信じています。
そんな中、事業開始から数年経った頃、ある転換期を迎えていました。事業の立ち上げ当初は、私たちのようなメディアやビジネスモデルもなかったので、純粋な興味から発注してくださるお客様が多かったんです。しかし次第に、そうした "新規性" だけでは契約につながりづらくなってきた。これまで以上に、クライアントに弊社や事業のことを深く理解していただける関係性構築が不可欠だと感じるようになりました。
売上拡大の方程式で考えると、顧客数、単価、取引頻度の3つの変数がありますよね。その中で、顧客数を際限なく増やしていくのは現実的ではありません。というのも、私たちはお客様に自信を持って紹介できる、そして私たち自身も心から価値を感じられる案件に注力しているという背景にあります。コンテンツにこだわっているからこそ、量よりも質を重視して、ひとりひとりのお客様に向き合いたいと思っています。
(ブランドソリューションが大切にしていること)
もちろん、新規開拓を疎かにするつもりはありません。ただ、事業フェーズが変わる中で、既存のクライアントとの関係性をいかに深めるか、リピート受注にどうつなげていくか。そこにも注力すべきだと考えるようになりました。2回、3回と継続的な取り組みを積み重ねることが、事業の長期的な成長に直結すると思ったのです。そう考えたとき、クライアントとのコミュニケーションの可視化、そして関係構築の仕組み化が必要だと感じました。
当時はGmailでのメールのやりとりとスプレッドシートでの営業管理をしていましたが、どのクライアントにどんな提案をしたのか、反応はどうだったのか、そういった情報が属人的で、チーム内での共有が難しい。もっと戦略的、組織的に動くためのツールが必要だったんです。
そこで私たちなりに、CRM(顧客管理システム)、SFA(営業支援ツール)、MA(マーケティングオートメーション)ツールの選定を始めました。
—その後、弊社に再設計および運用支援のご依頼に至った背景を教えてください。
高山氏:弊社はSaaS系のビジネスではなく、想定顧客数も多いわけではありませんので、多くのリード数の獲得も重視していません。私たちが大切にしているのが、マーケティングファネルの離脱を少なくすることです。そういう考えでHubSpotを導入しました。
導入の際、HubSpotの初期設定を行った際には、私たちのビジネスの特性とHubSpotの設計思想がなかなかフィットしない部分に大変苦労しました。たとえば、HubSpot社の導入支援では、営業にはSFAツールのように使ってもらうという考えで取引を作って商品の単価を入力するといった設計をしてくれましたが、弊社のビジネス、たとえばリードの作り方やリードタイムの設定方法が独特なこともあり、オンボーディング中に使いこなせないのではないかと不安に思いました。
また、導入の際に推進者を一人任命したのですが、オンボーディング中に退社してしまいました。このような背景もあり、オンボーディングの後はHubSpotの活用を推進することができず、スプレッドシートに戻すべきなのではという話まで出ていました。しかし、このままあきらめる前に、まずはもう一度自分たちでHubSpotの設計をすると決めました。そうはいっても、どう設計すればよいのかわからない。
そのことをHubSpot社に相談したところ、公式パートナー企業のリストを渡してもらったのです。100さんにご依頼した理由は、HubSpotに関する知識や経験はもちろん、私たちの立場に立って物事を考え、誠実に対応してくださる。そのような人間味あふれる姿勢が、信頼につながりました。
高山 達哉さん 株式会社クラシコム 事業開発部 部長
—HubSpotの再設計を通じてどのような成果を期待されましたか。
高山氏:私たちが営業活動を行う企業の方は、営業活動における動きがとても流動的で予測しづらい。お問い合わせや資料請求が発生した瞬間に、アポイントを取って商談し、提案から受注まで一気に進めていく。そんな直線的なナーチャリングプロセスが、どうも自分たちの実感とズレていたんです。
私たちが営業活動を行う企業の動きは、もっと流動的かつ変則的なことも多く、ある意味タイミング次第の部分が大きい。2ヶ月前は提案につながらなくても、その2ヶ月後に急にご相談をいただく。そんなケースも珍しくありません。
そんな中で経営陣に事業の状況を報告する際、売上という結果論だけでは物足りないと感じていました。2月と3月で売上に差があっても、四半期で見れば目標を達成していたりするわけです。単月の数字に一喜一憂するのではなく、もっと先行指標となるような、クライアントとのエンゲージメントの深まりを可視化して伝えられたら、そう考えるようになったんです。
実はBtoCの事業では、アプリのダウンロード数や、SNSのフォロワー数の伸びなどといった、エンゲージメントの指標をKPIとして重視しています。こうした先行指標の盛り上がりが、のちの売上増加に直結することは分かっていました。だからこそ、BtoBでも同様の考え方を適用できないかと考えました。
ただ、BtoBにおけるエンゲージメントの測り方は、BtoCとは自ずと異なります。だからこそ、どういった形で数値化し、モニタリングしていくか。そこが長らくの課題だったんです。
この課題にアプローチする上で、HubSpotという有望なツールに出会えました。ここでクライアントごとのエンゲージメント度合いを測る仕組みが作れれば、それは経営サイドにとっても示唆に富む指標になるはず。私自身はもちろん、社内的にもそのようなイメージを共有していました。
だからこそ、従来の設計では上手く表現しきれなかったクライアントとのつながりを、どうHubSpotに落とし込んでいくか。そこが、再設計における最大の目的だったと言えますね。
事業特性とHubSpotの思想を掛け合わせた顧客ステージ設計
—Marketing Hubの再設計において、エンゲージメントステージの設計をさせていただきましたが、詳しくお聞かせください。
高山氏:エンゲージメントの定義そのものから、かなり突き詰めて議論させていただきました。100さんからは、「会社への好意度」と「事業への理解度」という2軸でステージを整理してはどうかというご提案をいただいたんです。
私たちの場合、北欧、暮らしの道具店をユーザーとして利用してくれている方の中に、ブランドソリューションのクライアントとなる企業に勤めている方が少なくないんです。つまり、エンドユーザーであり、かつクライアントでもあるというケースが珍しくない。だからこそ、「クライアント」としてではなく、「エンドユーザー」として私たちを見てくれているかどうかが、エンゲージメントを測る上で重要になってくると考えました。これが「会社への好意度」の軸です。
そしてもう1つの軸が「事業への理解度」。これは、私たちが提供するさまざまなタッチポイントを通じて、クライアントがどれだけ私たちのビジネスを理解してくれているかを表しています。イベントやセミナーへの参加、商談での直接の提案など。こうしたインタラクションの積み重ねが、理解度の深化につながっていくはずです。
この2軸を掛け合わせ、4象限のマトリクスを作成しました。それぞれの象限をエンゲージメントステージ1〜4と定義し、現在のコンタクトをこのステージに振り分けていく。こうした整理の仕方自体は、100さんからのご提案だったのですが、私たちのビジネスにもフィットしていると感じました。
(当初活用していたエンゲージメント4象限のマトリクス)
従来のように、一律のプロセスでクライアントを管理するのではなく、それぞれの関係性に応じたきめ細やかなアプローチが可能になる。そのための羅針盤として、このエンゲージメントステージは大きな役割を果たしてくれました。
もちろん、どういったアクションがどのステージに該当するのか、その定義づけには試行錯誤も必要でした。ただ、一度の設計で完璧を目指すのではなく、運用しながら軌道修正していく。その柔軟性も含めて、100さんには的確なご提案をいただけたと感謝しています。
—ただ、エンゲージメントステージの設計において4段階に分けていたものの、運用面での課題が見えてきたとのことでしたね。
高山氏:エンゲージメントステージを1〜4の4段階で捉える考え方自体は、私たちなりに理想を描いて作ったものでした。でも実際に運用してみると、これが思いのほか複雑で、扱いづらい部分があったんです。
そこで、HubSpot側の仕組み、つまりナーチャリングのデフォルトの考え方に、もう少し私たちの方を寄せてみてはどうか。そんな議論が社内でも出てきました。無理やりにでも自社の方針に沿った運用をするのではなく、HubSpotの良い機能や設計を素直に活かす方が、運用もスムーズになるのではないかと考えたのです。
山田:それまでは、クラシコム様のやり方をどうにかしてHubSpotに落とし込もうと努力されていた。それが、発想を転換して、HubSpotのやり方に歩み寄ってみるというアプローチに変わったことで、大きなブレイクスルーになったと感じています。
高山氏:おっしゃる通りです。HubSpotのライフサイクルステージという概念を軸に、100さんに再度ナーチャリングの設計を組み直してもらいました。従来の4段階のエンゲージメントステージは、必ずしも直線的ではありませんでした。むしろ、各ステージのバランスがどうなっているかに着目する、立体的な捉え方だったと言えます。
それ自体は、私たちのビジネスの特性をよく反映した設計だったと思います。各ステージのお客様の特徴を可視化できるのは大きなメリットでした。ただ、それぞれのステージに合わせてコミュニケーションを細かくカスタマイズするのは、なかなか骨が折れる作業だったんです。
(新たに設計したライフサイクルステージ)
山田:そこで、ステージをシンプルに2つに集約し、お客様により上位のステージに上がっていただくためのコミュニケーションを設計する。そんな割り切った方が、マーケティング活動はやりやすくなるんじゃないかと思いました。
クラシコム様の事業特性を理解した上で、HubSpotの設計思想に適応させていく。その過程で、お客様の状況により適したコミュニケーションが取れるようになる。まさに、ツールと運用の両面から、最適化を図ることができたのではないでしょうか。
右から遠藤 祐太朗(株式会社100 取締役)、山田 智彦 (株式会社100 HubSpotコンサルタント)
HubSpotに切り替えてみると、各顧客へのアクティビティの積み重ねが一目瞭然になって、本当に感動しました。メールでのやり取りが中心になるため、基本的なアクティビティの入力自体は、比較的スムーズに現場に浸透しました。むしろ、これまでのメールコミュニケーションの蓄積が、温度感も含めてよくわかるようになった。これは本当に便利だと感じました。クライアントやリードとのやり取りを、チーム全体で共有できるベースができたのも大きかったですね。
何より適切な指標を作って、会社側に報告できるようになったのは大きな変化です。アポイント数や提案数などの数字を出すには、しっかりとした入力が必要不可欠。そこで100さんには、営業のプロセス自体をHubSpotに乗せるサポートをしてもらいました。入力が進まないと次のステージに進めないようにするなど、属人的な部分をシステム化していただきました。
現場に寄り添ったそうしたサポートがあったからこそ、心理的ハードルが下がって、スムーズに定着できたんだと思います。今では、営業活動の入力は当たり前の習慣として根付いています。行動の可視化と適切な入力が同時に進む、理想的な仕組みが出来上がったと実感しています。
これは本当に成果が出ていると思います。営業活動へのサイクルがスムーズに回るようになって、アポ取得数が圧倒的に伸びているんですよ。おそらく2倍近くにはなっているはずです。お客様からも、「メルマガ見ましたよ」なんて声を直接いただくことが増えました。エンゲージメントを高める上で、コンテンツにしっかり目を通していただけているのは、何より嬉しい変化です。
また、アポイント数の増加が売上にも好影響を与えています。7月が弊社の決算月なのですが、それを前期と捉えて、さらに1年前を前々期と考えると、前期は前々期より売上が伸びている一方で、案件数自体は減っているんです。案件単価は133%向上しました。
これは私たちが本当にやりたかったことなんです。ひとりひとりのお客様に向き合って長期的な関係性を構築することで、案件の単価を上げていくことが目標の一つでした。そのためには、タイムリーなコミュニケーションを通じて、お客様のより大きな課題に対してアプローチしていく必要があります。
そういった土台作りにおいて、HubSpotを通じたコミュニケーションは間違いなく貢献していると思います。もちろんそれだけが要因ではないですが、継続的なコミュニケーションの積み重ねがあるからこそ、お客様との関係性が深まり、「こういうこともお願いしたい」とか「この課題について相談させてほしい」といった声が上がってくるようになりました。
どういう関係性で、どんな温度感でやり取りをしていたのか。そうした背景を飛ばして引き継ぎをしても、結局その後の営業活動に支障をきたすだけです。かといって、一から聞き取りをするのは、心理的にも時間的にもコストがかかる。
その点、HubSpotであれば、これまでのログが全て残っているので、引き継ぎもずいぶんスムーズになりました。新しい担当者は、その蓄積された情報を見るだけで、クライアントとの関係性を素早く把握できるようになりました。
産休・育休の取得は今後も続いていくと思います。その度にこうした引き継ぎのシーンは発生するので、HubSpotのメリットはより実感できるようになると考えています。引き継ぎがスムーズになることで、担当者の心理的負担が減り、お客様との関係性も途切れることなく続けられる。それはビジネス上の大きなアドバンテージです。
その意味で、HubSpotの導入は、私たちの理想とするお客様対応を実現するための、大きな一歩だったと感じています。もちろんツールだけですべてが解決するわけではありませんが、こうしてお客様とのつながりを可視化し、引き継いでいける基盤ができたことで、チーム全体のマインドセットにも変化が表れてきました。
また、弊社の事業モデル上、ブランド単位での広告出稿というケースが多いので、各ブランドの状況をどう可視化していくかも重要になってきます。加えて、弊社のお客様は季節性や商材の特性によって、コミュニケーションの最適なタイミングが異なります。その意味で、顧客属性として業種情報を紐付けておくことで、たとえば新商品の発売サイクルなどを捕捉しやすくなるのではないかと考えています。
ブランド単位での可視化は今後ますます重要になってくると思います。特に我々のようなビジネスは、クライアントの商品ローンチのタイミングなどをしっかりキャッチアップして、そこに合わせた提案ができるかどうかが勝負どころです。その意味でも、HubSpotの活用をさらに進化させ、営業とマーケが一体となって動ける体制を目指したいと考えています。
そしてHubSpotについては、やはり一回きりのお客様の支援で終わるのではなく、2回、3回と接触を重ね、よりエンゲージメントを深めていくために活用していきたいと考えています。チャネルの拡大とソリューションの深化。この2つの方向性で、事業の成長を目指していきます。そしてその先には、クライアント企業様との新しいパートナーシップのあり方も見えてくるはずです。
そうなってきたときに、私たちのクライアントがやりたいことを、100さんと一緒に支援していきたいと思っています。現状は私たちが100さんに御相談させていただき、それを解決してもらっていますが、将来的には私たちのクライアントに対して、100さんと共同でHubSpotやコンテンツを通じた課題解決のデザインに取り組むのも面白いと考えています。
HubSpotを起点に、マーケティング面での課題解決を共に進め、お客様との関係性をより強固なものにしていく。こうした取り組みは、これまでのように自社だけで完結させるのではなく、100さんのようなプロフェッショナルとタッグを組んで推進したいです。それこそが、これからのブランドソリューションの大きな方向性だと考えています。
もちろん、まだまだ手探りの部分も多いですが、そこは100さんの知見を借りながら、一歩ずつ前に進んでいければと思っています。長い時間軸で見れば、お客様との新しい価値共創のモデルケースになり得ると考えています。